「最近、人に呆れることが増えた」
そんな自分に気づいて、私って冷たい人間なのかな、性格が悪くなったのかな、と感じていませんか。
でも、それは性格が悪くなったわけではありません。むしろ、いいことなんです。
私はこれまで3,000件を超える鑑定の中で、人間関係に悩む方の話をたくさん聞いてきました。その経験から言えるのは、人に呆れるというのは、あなたが冷たくなったからではなく、あなたが変わったから起きる、ということです。
この記事では、人に呆れた時、あなたの心の中で何が起きているのか。その5つの変化をお伝えしたうえで、なぜ呆れることがあなたにとっていいことなのか、その理由までお話しします。
人に呆れた時、心の中で起きる5つのこと
1. 頼られるのが嫌になる
頼られるのが嫌だと感じたら、相手に呆れ始めています。
以前は、相談されたら力になってあげたいと思ったし、頼りにされている気がして、嬉しいという気持ちもあった。だから、自分のことで大変な時も、真剣に話を聞こうという気持ちが勝っていました。
でも、だんだん相談に乗るのがしんどくなってきて、相手から連絡が来ても、以前はすぐに返していたのに、今では返信を遅らせるようになる。連絡が来ただけで、ちょっと嫌な気分になる。
なぜ嫌になるかというと、この人と関わるとしんどい、と思うようになっているからです。
頼りにされたくないと感じたら、あなたの心が距離を置きたがっているサインです。
2. 世話になるのが嫌になる
これは、頼られるのが嫌になるの反対です。頼られるのが嫌になったら、世話になるのも嫌になります。
以前は、持ちつ持たれつの関係で、頼ったり頼られたりして、信頼関係が築けている気がして楽しかった。それが今となっては、頼られるのも嫌、世話になるのも嫌だと思うようになる。
世話になりたくないと感じるのは、相手に借りを作りたくないからです。借りを作ったら、返さなきゃいけない。この人に負い目を感じたくない、と思うようになっているということです。
これはつまり、距離を置きたいと感じている証拠です。
頼られるのが嫌、世話になるのも嫌。この2つが揃えば、距離を置きたくなっているのは間違いありません。
3. 相手の言動に違和感を感じる
ここから少し、見え方の話になります。
呆れ始めると、相手の言動に違和感を感じることが増えていきます。
たとえば、相手がいつも愚痴や不満ばかり言っている。前は一緒になって愚痴を言っていたのに、そんな自分がだんだん嫌になってくる。
相手の言動を見ていると、自分のことしか考えていないな、人のせいにしてばかりいるな、自分を顧みようとしないな、と感じる。その姿が、すごく幼く見えるようになります。前は一緒に盛り上がっていたのに、今は冷めた目で見てしまう。
これは、相手が変わったからではありません。あなたが成長して、価値観が変わった時に起きることです。
どちらか片方だけ成長すると、相手の言動が幼く見えます。すると、今まで見えなかった相手のアラが、どんどん目につき、呆れるのです。
4. 信用できなくなる
付き合いが長くなるにつれて、相手を信用できないことがわかってくるパターンです。
信用できなくなるのは、言っていることとやっていることが違う、とわかってくるからです。
たとえば、「私はあなたの味方だよ」と言ってくれていた人が、いざあなたが困った時になると、面倒ごとに巻き込まれたくないのか、知らないふりをする。
「私は嘘つきが嫌いなんだ」と言っていたのに、約束をドタキャンした理由が嘘だとわかる。
「私は誰に対しても平等だから」と言っていたのに、立場の強い人には愛想よく接し、立場の弱い人には偉そうにしている。
最初は、味方と言ってくれて嬉しいし、嘘が嫌いと言うなら嘘をつかない人なんだろう、誰にでも平等だと言うならいい人なんだろうと思っていた。それが、付き合っているうちに、調子のいいことを言っているだけだとわかると、呆れます。
5. 仲良くしたいと思わない
そして最後は、仲良くしたいと思わない、です。
これがどういう感覚かというと、この人とは違う人種だ、という感覚です。
強い言い方に聞こえるかもしれません。でも、呆れた時の本音は、これなんです。好きとか嫌いとか以前の話です。
この記事を読んでくださっている方に、弱い者いじめをするような人はいないと思います。そんなあなたが、弱い者いじめをしている人を見たとき、自分はその人とは根本的に違う、と思いますよね。人種が違うとは、そういう感覚です。
根本的に価値観が違う。大事にしているものが違う。見ている世界が違う。だから、歩み寄ろうとも思わないし、わかり合おうとも思わない。住んでいる世界が違うんだから、しょうがない。そういう感覚です。
仲の良かった相手に、この人とは人種が違う、と感じたら、それはもう、あなたの中で関係が終わったということです。
なぜ、人に呆れることが成長と言えるのか
ここまで、人に呆れた時に心の中で起きる5つのことをお話ししてきました。
頼られるのが嫌になって、世話になるのも嫌になる。相手の言動に違和感を感じて、信用できなくなって、最後は、違う人種だとまで思う。
読んでみて、いかがでしたか。確かにそんなふうに呆れている、と思った方もいるかもしれません。
もしそうなら、ご自身の成長を喜んでください。中には、自分が酷い人間のように感じてしまう方がいるかもしれませんが、逆です。人に呆れた時に感じてほしいのは、「私、成長したな」という気持ちなんです。
なぜ、人に呆れることが成長と言えるのか。
呆れるというのは、この人とは違う、もう合わせられない、と感じることです。これは裏を返すと、あなたの中に、はっきりした基準ができたということなんです。
人に呆れるというのは、自分が相手を選んでいるからこそ、起きる感情です。
人に呆れることがない人は、相手に合わせて、相手の機嫌ばかりを気にして、嫌われないように振る舞って、自分が呆れられないようにすることで精一杯になります。相手が自分をどう思うかを軸にしているので、相手のことをおかしいと思っても、それに合わせることを優先する。
つまり、人に呆れることができない人は、人を選んでいるのではなく、選ばれようとしている人です。主導権を、相手に握られている状態です。
一方で、人に呆れることができる人は違います。自分の中に、この人はダメだ、という線がある。その線を越えた相手に、呆れている。
これは、相手を見て、人を選んでいる状態です。誰と付き合い、誰と離れるのか、自分で選べる状態にあるということ。完全に、主導権を自分で握っている状態です。
もともと人に合わせてばかりで、呆れることができなかった人が、人に呆れるようになった。これは、自分の基準を持てるようになったということ。大きな成長です。
人間関係に苦しむ人の多くは、相手の顔色を気にして、相手に合わせすぎています。でも、人に呆れることができる人は、相手に合わせるよりも、距離を置くという判断ができる人です。人間関係を、自分で選べるようになったということなんです。
呆れる自分を、責めなくていい
もし今、誰かに呆れて、こんなふうに思ってしまう自分は冷たいんじゃないか、人として終わっているんじゃないか、と思っているのなら。その必要は、まったくありません。
むしろ逆です。それだけあなたが、自分を大事にできるようになったということなんです。
以前のあなたは、呆れることもできずに、人に合わせ続け、自分を傷つけてきたかもしれません。でも、人に呆れるようになった今のあなたは、自分を大切にできるようになっています。
何も間違っていません。どうか、自信を持ってください。
何度も同じことを繰り返してしまう方へ
ここまで読んで、こう感じた方もいるかもしれません。
人に呆れて距離を置く。でも、しばらくするとまた新しい人と仲良くなって、また呆れて、離れる。それを何度も繰り返してきた、と。
何度も疲れる人間関係を繰り返してしまう。それには、ちゃんと理由があります。
あなたの中に、無意識に同じような人を選んで、同じような関係を作ってしまう、ある仕組みがあるからです。その仕組みに気づかないままだと、相手を変えても、また同じことが起きます。逆に、その仕組みがわかると、繰り返しから抜け出せるようになります。
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まとめ
最近、人に呆れることが増えた。そんな自分を、冷たい人間だと責める必要はありません。
人に呆れるのは、あなたの中に自分の基準ができて、人間関係を自分で選べるようになったから。それは、自分を大切にできるようになった証拠であり、大きな成長です。
呆れた自分を責めるのではなく、どうか、誇ってください。

